「今回、結成された部隊の活動により、みな |
さまの、通常区域での生活には、いっさい不 |
安はないということをお伝えすべく……」 |
政府の発表に続いて、CGモデルによる殺 |
戮部隊-----ハンターの異形狩りの予想図が |
放送される。 |
「スゴイね。昔の怪獣映画みたい」 |
ルビはテレビに熱中している。 |
「ハンターの制服のせいじゃないか」 |
臙脂色のボディスーツに腰には武器を下げ |
たベルトというウソくさいスタイルで、異形 |
の恐怖をウソにしようという戦略なら、なか |
なかよくできていると思う。 |
だが、政府もバロックはだませなかった。 |
異形の存在が公表されてから6日の間に、 |
私のところへ13人の客が来た。 |
「もう3度ほど死んだんです。これ以上死に |
続けたら体がもたない」 |
「小さい死神が耳のそばで仲間になれ仲間に |
なれってうるさいんです」 |
など、ほとんどが死ぬこと、殺されること |
に関係したバロックで、私はそのたびに彼ら |
はアンドロイドであり不死であるから、異形 |
に殺されることはない、というバロックを与 |
えていた。 |
「いいの? 似たようなバロックばっかり」 |
「客が増えすぎて間に合わないんだ。それに、 |
不満を言う客もいまのところいない」 |
そこへノックの音がした。 |
ルビは机の下に隠れる。 |
「このお店で、私のバロックを買ってもらえ |
ないかしら」 |
入ってきたのは、黒い喪服を着た少女だっ |
た。金色の長い髪を黒いレースのヴェールで |
覆い、手には白いハンカチを持っている。 |
「申し訳ありませんが、ウチは買い取りはし |
ていません」 |
「不死のバロックでも?」 |
「そうですね……」
|
私は客をたしかめようとした。指先のかす |
かな震えから、バロックの可能性は高いが、 |
ヴェールのせいで目が見えない。 |
「では、買い取りはできませんが、物々交換 |
ではいかがでしょう。お客様のバロックに見 |
合うバロックを、こちらでご用意いたします」 |
「……いいわ。これが私のバロックよ」 |
少女は黒い封筒を出して私の机に置いた。 |
「中に連絡先が書いてあるから、バロックが |
できたら連絡して」 |
最後まで顔を見せず名乗ることもないまま、 |
少女は出ていった。 |
「お葬式の帰りみたいな子だったね」 |
ルビが机の下から顔を出した。 |
私は黒い封筒を開いた。 |
『私は不死の一族の末裔である。しるしはそ |
の名前の中にある。1000人が乗る船が波 |
に飲まれたとき、山が火を吹き街が炎に包ま |
れたとき、そして魔物が人々を襲うとき、い |
つも死なないのは同じ名だ。力を得て名を与 |
えられた者は不死となる。ただし誤ってその |
名を呼ぶ口は封じられる……』 |
「ふうん。うまく考えたな」 |
「どういうこと?」 |
「不死の名前を名乗るには、力、つまり何か |
の条件が必要なんだ。このバロックはいわば |
前編で、交換するなら、正しい名前と不死の |
条件を備えた後編しかない。ただし、それが |
正しいものでなければ」 |
私は封筒を逆さにした。黒い、かわいた蜘 |
蛛の死骸が音もなく落ちた。 |
「不死の名前は呪いの呪文になって、誤った |
名を呼んだ者の口を封じる」 |
「名前を当てないとキツネが死ぬの?」 |
「あの喪服は、これまで失敗したバロック屋 |
の葬式の帰りだったのかもな」 |
「それはダメだよ! キツネは、こんなとこ |
で死ぬ予定じゃないもん」 |
「なんでお前がそんな予定を知ってるんだ」 |
「ねえ、絶対に不死の名前を当ててね!」 |
「できればな」 |
しかし、推理は進まなかった。これまでに |
関わったバロックのパターンや、不死に関す |
る伝説の類も調べてみたが、決定的な要素は |
ない。ルビはやけに私の様子を伺うが、私は、 |
バロックが持ってきた謎で自分が死ぬとは思 |
っていなかった。万一、本当の呪いだったと |
しても、バロック屋らしい最期だろう。 |
わからないまま7日が過ぎて8日目の朝、 |
前と同じ喪服で少女が現れた。 |
朝から雷の鳴る妙な日だった。 |
「バロックができたって聞いたんだけど?」 |
「え……いや」 |
私は連絡をした覚えはない。しかし、少女 |
の後ろからルビが現れた。 |
「私が呼んだの。ねえ、あなたが不死になる |
名前は吸血鬼ミラルカね。必要な力は血と夜 |
に咲くバラ」 |
「ばか、なんで」 |
そんな簡単な答えではないくらい、いくら |
ルビだってわかるはずだ。しかし少女は悔し |
そうに唇を噛んだ。 |
「なんで……」 |
少女が手にした白いハンカチを振る。中か |
ら真っ黒な蜘蛛が出て、ルビの素足の膝に落 |
ちた。とたんにルビはその場に崩れる。毒蜘 |
蛛だ。ルビの細い手足がぶるぶる震え、心な |
しか瞳が大きくなっている。 |
「どういうつもりだ」 |
「知ってるくせに」 |
少女の動揺から私はひらめき、マシンに向 |
かい、作りかけていたバロックをしあげた。 |
「これか?」 |
『私は復活のときを告げる天使の喇叭だ。私 |
の音色は穢れを浄め、人々を永遠の国へ誘う。 |
復活は滅びなくしてありえない。定めを知り、 |
滅びた者の屍を越えて、喇叭は人を踊らせる。 |
永遠の国への道のりを踊れと……』 |
「名前が不死の力を持つ条件は、誰かの犠牲 |
だ。1000人の乗った船を沈め、同胞を魔 |
物の生け贄にして、はじめてその名前は不死 |
になる。犠牲者の名前を奪うことで、命を継 |
ぎ足すんだろう。だから、ルビを殺したお前 |
の名前はいまからルビだ」 |
「……」 |
「お客様。このバロックでよろしいでしょう |
か?」 |
少女は黒いヴェールを脱いだ。うまく装っ |
てはいたが、その目はバロックの目ではない。 |
私の差し出した手に金を乗せると、少女は |
身をひるがえして出ていった。ヴェールを脱 |
いだ背中の金色の髪が揺れ、間から、小さな |
フェイクの翼がのぞいた。 |
「ルビ」 |
私は動かないルビに呼びかけた。私をかば |
って、ルビはみずから犠牲を選んだのか? |
ところが。 |
「よかったね。うまくいって」 |
ルビはあっさりと起きあがり、ニヤリと笑 |
うではないか。 |
「毒にやられたんじゃないのか?」 |
「私は、蜘蛛の……タランテラの毒じゃ死な |
ないもん」 |
「タランテラ?」 |
そのことばは、私に、何かを思い出させよ |
うとする。タランテラ。永遠の国への道のり |
を踊る。踊る病気。天使の喇叭。喪服の少女 |
の背中にあった天使の翼。少女が、バロック |
のフリをして私に近づき、殺そうとしたのは、 |
天使が与える試練なのか? |
試練。捕らわれた友人、薄茶色の目をした |
痩せた少年、神経塔、翼を捨てた青年。 |
「イヤだ」 |
私は頭を振ってイメージを捨てた。 |
私はただのバロック屋で、ルビは勝手に事 |
務所に入り浸ってるプーだ。世の中のゆがみ |
はだんだん大きくなりつつあるが、私は私で、 |
まあフツウに毎日を過ごしている。 |
そうでない物語があったかもしれないこと |
など、思い出したくはないのだ。 |
が、私はふと気になって訊いてみた。 |
「ルビ。お前、ひょっとして私の妄想か?」 |
輪郭がぼやけたルビが笑った。 |
「そうだよ。私もキツネも、誰だってみんな、 |
バロックの中だけの存在だもん」 |
「そうか……」 |
ほころびかけた私の心が、ふたたび、ゆっ |
くりと妄想に満たされていく。 |
「不死はいいね」 |
「ああ」 |
妄想のルビは、人をバロックにする蜘蛛の |
毒では絶対に死なない。 |
「いいバロックを手に入れた」 |
私はいつものように机に向かい、新しいデ |
ータをマシンにセーブした。 |
the final volume “IMMORTAL” END
※(株)ソフトバンクの許可を得て、サターンマガジン掲載時より加筆、修正 いたしました。清水マリコ